人生考路

高等教育を生業とする青年心理学者、山田剛史のブログ

大学教育の役割って?

大学教育の役割って何なのでしょうか?

 

関連省庁や学術機関などから、大学教育を通じて身につけることが期待される能力(いわゆる学習成果)の枠組み(要素)が提示され、各大学はそれをディプロマポリシーなどの形で定義して、教育課程や授業に落とし込んで実施して、その成果を測定・評価して、、、というのが今の教育改革のスタンダードなわけですが。

 

たくさんの「〇〇力」が掲げられて、教員からすれば「そない色々できませんわ」、学生からすれば「いやいやスーパーマンになれってか」っていうのが心情かと。

 

政策に完全にアゲインストなわけじゃないし、総論としては理解できます。

 

でも、なんか大事なところが抜けてるような気がしてならないんですね。

 

たとえば、その1つが前回のブログで紹介した学生の教育・学習観に関する視点でした。大人が考えて色々やっても、学生の意識が変わらないあるいは受け身になっている、といった結果でした。(たくさんの方に読んでいただけたようで、この場を借りて御礼申し上げます。)

 

もう1つの視点は、一言で言えば「(心理的)発達」の視点です。

 

大学生の多くは、18歳~22歳の間を大学で過ごすことになります。この時期は、ライフサイクルの観点からみれば、青年期(より細かくは青年期後期)に相当し、次の成人期への移行にとって重要な時期になります。エリクソンによれば、この時期の重要な発達課題は「アイデンティティの確立」です。社会参画を前にして、重要な他者(親や親友、恋人など)との深い関わりや様々な物事への傾倒を通じて、「(他者とは違う)自分とは何者か」といった問いに一定の回答を出すことが求められます。親との適切な関係を確立し、心理的離乳を果たす、すなわちジリツすることも重要な課題になります。

 

ここで、過去の記事同様、ベネッセ総研が実施した大学生調査(2016年)から関連する結果を見てみたいと思います。

 

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色んな事情・背景はあると思うのですが、やっぱり気になってしまいます。社会に出る寸前の大学生の多くが、保護者のアドバイスに従うことが多かったり、保護者に助けてもらったりしている。これだけで判断できないところはありますが、この傾向が強まっていることは気になります。

 

こういうデータを見ると、学生が遭遇するこの発達のプロセスに対して、私たちオトナは、親として、あるいは教員として、職員としてどう関わるのか。そして、彼らの発達(アイデンティティやジリツ)をどう促すのか。やっぱり考えてしまいます。

 

また、こうした視点を抜きに、細分化された様々な〇〇力を、教育によって獲得させるという営みは、時に学生への過干渉や甘やかしなどにも繋がりかねません。何より教育で全てを担えると思っているのだとすれば、大人の傲慢な考え方だとも言えます。

 

学生は自分たちで成長・発達します。

 

私たち大人はその環境を用意することが大事であって、手取り足取りやってあげることではないんだと思います。

 

以下のような結果も出ています。

 

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これは、大学教育を提供する大学側(大人)と教育を受ける側(学生)との関係を表すものとしてみることもできます。学習方法を授業で教えて欲しい、学生生活について指導・支援して欲しい、自分たちが知識・技能を身につけられないのは大学教育の責任だ、と感じている学生が年々増えています。絶対値を見れば、まだまだ自分で決めるという考え方の学生の方が多いわけですが、結構なペースで増えているのが気になります。

 

これらのデータを見ると、保護者との依存的関係を、大学(教職員)が肩代わりして継続させるような関わりをしてしまっているのではないかというのが、私がかねてより気になっているところです。

 

学生がこのように考えているからそのように教育を変える、というのではなく、どうすれば学生が自分の頭で考えて実践してくれるようになるのか。そのように考え、それを自分たちで出来るような環境を整えることが、直接的な対策を講じること以上に大切な気がします。

 

こうした状況に対して、少なくとも大学教育はどのようなことを大事に考え、実践していかないといけないのかといった問いに対する私自身の回答は、改めて記事化したいと思います。

 

その回答に関わることを一言述べるとすれば、今の教育改革には不信感が蔓延しすぎているように感じます。不信感は管理(的思考)と結びつく。管理は人から「熱意」を奪う。熱意は、学生の成長・発達に関わるうえで最も重要な要素だと考えています。

 

とりとめのない文章ですみません。

きれいに推敲しない方が思いが伝えやすいので、ご容赦ください。